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【レビュー】ピダハン族の本ピダハン語「言語本能」を超える文化と世界観ダニエル著

      2019/01/15





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ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観、という本を読んだ。

これは南米ブラジルのアマゾン地域に住んでいる先住民族ピダハンの本。

ピダハン族の村にキリスト教宣教師として派遣されたダニエル・L・エヴェレットが書いた。

内容は、ピダハン族特有の言語ピダハン語とピダハン族の生活、価値観について。

「あぁ〜、よくある少数民族の本ね」

くらいに予想して読み始めたが、この本の内容は予想を遥かに超えていた。

・ピダハン族には左右、過去未来、神という概念が存在しない

・ピダハン語には人類共通の法則が存在しない

・ピダハン族があまりにも幸せすぎて宣教師が”無神論者”になってしまった

久しぶりに「人生に影響を与えられた」と感じた本だったので、みなさんに紹介したいと思う。

紹介したいと思う理由は、彼らの生き方が珍しいからではない。

彼らの生き方を知ることで、ぼくたち日本や現代社会の生き方・価値観を考えるキッカケになると思うからだ。

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ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観レビュー

今回ご紹介する本は、ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観。

Kindle版でも3,400円もするので、買う前には「高い!」と思った。

しかし、読んでみるとそれ以上の価値を感じた。

大まかな内容はこの記事でご紹介するが、興味を持った人はぜひ全編を読んでみてほしい。

ぼくはこの本を読んで、アマゾンのピダハン族の村まで行きたくなった。

 

 

アマゾンの原住民ピダハンとは?

まずはピダハン族についてかんたんに説明しよう。

ピダハン族が住んでいるのは、南米ブラジルのアマゾナス州のマイシ川流域。

人口は400名ほどで、彼ら特有の言語ピダハン語を話している。

ピダハン族が暮らすアマゾン

 

以前は裸族に近かったようだが、最近では服を着ているそうだ。

主に狩猟採集で生活していて、川で魚を釣り、ジャングルでイノシシなどを狩っている。

ブラジル政府から少数民族として保護されている。

しかし、周辺住民はピダハン族の土地を狙っている。

 

著者ダニエル・エヴェレットはキリスト教の宣教師だったが、無神論者になる

この本の著者はアメリカ人のダニエル・エヴェレット。

キリスト教の宣教師としてピダハン族の村に派遣され、20年以上も彼らと生活を共にした。

しかも単身赴任ではなく、妻と二人の娘を連れて一家揃ってピダハン族の村に移住したそうだ。

20年以上もの間、彼はピダハン族にキリスト教の教えを説き、キリスト教徒になるように説得していた。

しかし、ピダハン族の幸せそうな生き方を見ているうちに、神の存在に疑問を抱き神を捨てた。

いつしか、無神論者に変わってしまった。

まさに、ミイラ取りがミイラになった。

彼の妻は敬虔なキリスト教徒だったため、神を捨てたことがキッカケで離婚してしまったそうだ。

 

なぜ、宣教師が無神論者になったのか?

宣教師としてアマゾン奥地に行くほどの信仰心を持っていた彼。

そんな彼が、神の存在を疑いキリスト教を捨てた理由は何だったのだろうか。

ピダハン族との生活で、次第に神を疑うようになったダニエル氏の文章を紹介しよう。

次にピダハンが訊いてくるのは、

「おい、ダン。イエスはどんな容貌だ?おれたちのように肌が黒いのか。おまえたちのように白いのか」

わたしは答える。

「いや、実際に見たことはないんだ。ずっと昔に生きていた人なんだ。でも彼の言葉はもっている」

「なあ、ダン。その男を見たことも聞いたこともないのなら、どうしてそいつの言葉をもってるんだ?」

ピダハン族は「経験したことしか言葉にしない、信じない」民族である。

彼らからしたら

「見たことも話したこともない”神”が言ったお言葉とか行った奇跡と、会ったことがない誰かが言ったか書いたことを信じるなんて、できない」

のである。

ピダハンはただたんに、自分たちの目を凝らす範囲をごく直近に絞っただけだが、そのほんのひとなぎで、不安や恐れ、絶望といった、西洋社会を席巻している災厄のほとんどを取り除いてしまっているのだ。

ピダハン族は、自分たちの目を凝らす範囲をごく直近に絞っただけ。

要するに、ピダハン族にとって、この世界には「今」しか存在していないのだ。

過去を後悔したり、未来を心配することがない。

そのおかげで今この瞬間だけを生きている。

多くの現代人が宗教にすがることで打ち消す「不安」や「絶望」がない。

なので、宗教が必要ない。

ピダハンには抑うつや慢性疲労、極度の不安、パニック発作など、産業化の進んだ社会では日常的な精神疾患の形跡が見られないことだ。

それなのに、ピダハン族は幸せなのだ!

神を信じていない人類は幸せではない

だから宣教師はキリスト教を布教しなければいけない、とキリスト教では教えられている。

だが、ピダハン族は神を信じていないのに、幸せなのだ!

その「矛盾」がダニエル氏を悩ませ、最終的にはキリスト教の教えを信じなくなった。

そんなわけで1980年代の終わりごろ、わたしは少なくとも自分自身に対しては、もはや聖書の言葉も奇跡も、いっさい信じていないと認めるにいたっていた。

ダニエル氏はキリスト教を捨てた代償として、愛する妻と娘たちと絶縁してしまう。

そして、言語学者としてピダハン語の研究に没頭する。

 

 

ピダハン族の特徴、エピソード

次に、本の中でぼくの印象に残っているエピソードを紹介しよう。

基本的に笑っている

ピダハン族は基本的に笑っている。

争い合うことをしない温厚な民族だそうだ。

※ただし、男が酒に酔うと争いが起きるので、そこは現代人と同じ。

乱交、レイプが起きることがある

村ではたまに踊りを踊る集まりがあり、そこでは乱交やレイプが起きるそう。

ピダハン族は性的には開放的な部族。

ダニエル氏によると「成人は複数の異性との性交体験がある」と推察している。

儀式がない

ピダハン族は少数民族にありがちな儀式がほとんどない。

そのため、ダニエル氏は原住民っぽくなくてがっかりしたそう。

葬式がない

ピダハン族には葬式がない。

誰かが亡くなると、地面に穴を掘って埋めるが、それは衛生上の処置だそう。

長期間使う道具を作らない

ピダハン族は簡易的なカヌーやカゴは作るが、長期間使うための道具は作らないそう。

ある時ダニエル氏の友人が本格的なカヌーの作り方をピダハン族に教えた。

しかし、彼らはカヌーを作らなかったそうだ。

ピダハン族はピダハン族以外の人類を別物と捉えている

ピダハン族はピダハン族以外の人類を別物と捉えている。

なので、ピダハン族以外の文化や言葉を取り入れる気はない。

保存食がない

ピダハン族は保存食を作らない。

魚や獣が採れたら、すぐに全部食べるそう。

空腹は体を鍛えてくれる

保存食がないので食事がないときもある。

しかし、空腹は体を鍛えるので良いと考えている。

ピダハン族にとっては強い肉体が何よりも重要。

なので、体を鍛えることを大切にしている。

直接経験したことしか信じないし、話さない

彼らは直接経験したことしか信じないし、話さない。

ダニエル氏は「だから儀式がないのでは?」と推察している。

よそ者に取引で数を騙されている

ピダハン語には「数字」の概念がない。

「少なくなった」「多くなった」を表す言葉はある。

しかし、「1個」「2個」「たくさん」のような数字的な概念はないそうだ。

そのため、ピダハン族以外のブラジル人と物々交換をするときに騙されてしまう。

ピダハン語が特徴的

ピダハン語は世界でも類を見ない変わった言語である。

現在知られている限りでは最も少ない音素体系の言語の一つであり、それと対応して、非常に幅広い異音のバリエーションが見られる。

その中には、非常に珍しい [ɺ͡ɺ̼] や [t͡ʙ̥] という音もある。

極端に限定された節構造を持ち、

「太郎は結婚したと次郎は考えていると三郎は言った」

といった入れ子状の再帰的な文は作れない。

ピダハン語は口笛にも鼻歌にもでき、音楽として記号化もできる。

引用元:ウィキペディア ピダハン語

ただし、異論を唱える言語学者もいるため、さらなる研究が期待される。

夜はあまり長く寝ない

ピダハン族は体を鍛えるために、長時間の睡眠(8時間)を取らない。

2,3時間程度の仮眠を一日に何回に分けて取るそうだ。

精霊を見れる

ピダハン族は精霊を見ることができる。

ただし、ダニエル氏の目には映らない。

精霊を信じている

ピダハン族は精霊の存在を信じている。

ダニエル氏からすると森の精霊は見れない。

たまに村人に精霊が乗り移って歌や踊りを披露することがある。

それは演技のように感じている。

しかし、ピダハン族は精霊の存在を信じていて、乗り移っている間の記憶はないという。

子どもは大人と同じ扱いをする

ピダハン族にとって、子どもは大人と同等である。

なので、子どもが刃物を持って振り回していて、大怪我をする危険性があっても注意しない。

赤ちゃん言葉もない。

死にそうな赤ちゃんを殺す

ある時母親がなくなり、乳を与える人がいなくなったことで死にそうな赤ん坊がいた。

そこでダニエル夫婦はこの赤ちゃんを救うために努力し、体調は回復に向かっていた。

しかし、ダニエル夫婦が目を離したすきに、ピダハン族によって赤ん坊は殺されてしまった。

ピダハン族から見ると

死ぬことが決まっている赤ん坊を無理やり生きさせることは、苦しい時間を引き伸ばすことでしてはいけないこと。死にそうな人間は死ななければならない

と考えたそうだ。

宣教師を殺そうとする、ブラジル人家族を殺す

ピダハン族は温厚な民族といったが、宣教師のダニエル氏を殺そうとしたことが3回あった。

またピダハン族の青年が、近隣に住んでいるブラジル人家族を殺した事件もあった。

そのあと、そのピダハン族の青年は謎の死を遂げている。

(おそらくピダハン族の親族によって殺されたらしい)

妊婦が死にそうになっても手を貸さず、見殺しにする

あるとき妊婦が川で胎児を出産しようとしたが、難産で死にそうになった。

たまたま夫は近くにおらず親族の女性に助けを求めたが拒否され、一人で川で亡くなった。

「ピダハン族は義理や人情に熱く助け合う」

といわれているが、必ずしも人命を助けることはしない。

 

 

アマゾンのピダハン語の特徴

つぎに、ピダハン族特有の言語ピダハン語の特徴を説明しよう。

ピダハン語にないもの

一般的に世界中の言語に存在するのに、ピダハン語にはないものを紹介する。

右・左

ピダハン語には左右の概念がない。

ではどうやって位置情報を認識するかというと、

「川に向かって上流側、下流側」として認識するそうだ。

世界を自分中心に見るのではなく、自然を中心として自分を見ているのだ。

昼・夜

ピダハン族は「昼働いて夜寝る」という生活習慣ではない。

夜でも狩りに出かけるし、昼でも寝る。

なので、昼や夜という概念がない。

ピダハン族には「赤色」や「青色」という概念がない。

「血みたい」や「若い木の実みたい」と表現されるそう。

※ただし、反論している言語学者もいる。

数字

ピダハン族には数字の概念がない。

先住民族の言語では数字は「1個、2個、それ以上」と表されることが多い。

しかし、ピダハン族ではそうではない。

「より多くなった」「より少なくなった」くらいの感覚らしい。

※ただし、反論している言語学者がいる。

父・母

ピダハン族にも家族を表す言葉はあるが、「父」や「母」をわけないそうだ。

「最も親しい家族(=両親)」に当たる言葉で表現される。

挨拶

「おはよう」「こんにちは」などの挨拶がないそうだ。

例えば、夜遅くに別れるときには「寝るなよ、毒蛇に噛まれるぞ」といって別れるそう。

本当に毒蛇に噛まれないように寝るなという意味もある。

でもこれは、実質的には「おやすみ」に近いそう。

感謝・反省

「ありがとう」「ごめんなさい」のような言葉はない。

その代わり、行動で気持ちを表現するそうだ。

薬を分けてもらったら、代わりに重たい荷物を運ぶなど。

赤ちゃん言葉

ピダハン族は子どもも大人と同格に扱うので、赤ちゃん言葉がない。

そのため、ピダハン族の子どもは非常にたくましいそうだ。

後悔(過去形)

ピダハン族には「過去」という概念がない。

そのため、文法的に過去形もないし、後悔することがない。

心配(未来形)

ピダハン族には、「未来」という概念もない。

なので、文法的に未来形もないし、心配することもない。

ピダハン族には「神」がいない。

※ただし、精霊はいる。

創世神話

ピダハン族には「この世界を作った人、モノ、キッカケ」がない。

なぜならば、過去がないし、自分で見たことしか話さないからだ。

 

 

NHKの謎の言語を操るアマゾンの民|地球ドラマチック

ピダハン族については、過去に日本のNHKが特集番組を作ったそう。

その特集番組は本の出版よりも後なので、ピダハン族の村が本で書かれている様子とは少し変化している。

2年前の訪問からピダハンの村は様変わりしていました。

ブラジル政府が診療所やトイレ、定住するための家を建てていたのです。

最大の変化は学校の存在です。

ピダハンの子供たちはポルトガル語や数の数え方を学んでいたのです。

こうした変化は外部の人にジレンマを引き起こします。

科学技術はピダハンの人々を力付ける一方、彼ら特有の文化を失わせる可能性があるからです。

引用元:ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民|地球ドラマチック

なんと、ブラジル政府がピダハン族の村に「診療所、トイレ、定住する家、学校」を作ったそうだ。

そして、子どもたちはポルトガル語を覚えて、数を習っている。

この地に学校が開校し、そこではポルトガル語と数学も教えられている。

結果、このようなピダハン族の数概念に関する文化は失われることになった。

引用元:ウィキペディア ピダハン語

その結果、ピダハン族の文化は少しずつだが確実に失われている。

「近代化(=均質化)」が始まってしまったのだ。

 

 

ぼくが中南米やアフリカの少数民族の村や無電化村で感じたこと

以上でピダハン族の紹介は終わり。

ここからは、ぼくが感じたことを記したい。

ぼくは中南米やアフリカで少数民族の村に滞在したり、無電化村で働いてきた。

そのときの詳しい話は、これらの過去記事を読んでほしい。

無電化村の学校で「サバイバル独り暮らし」をしてきました。

南米の少数民族の村でフンドシ一枚になった理由は、見世物にされている子供と同じ目線で話をするため

ケニアのマサイ族伝統の妻の夜這いに興奮した一日目!マサイ村に5日間ホームステイした秘境体験談

この写真は南米ベネズエラのアマゾン地域に暮らすペモン族の村に、二ヶ月間滞在したときの写真だ。

ピダハン族とも生活圏が似ていることもあり、文化的に似ている点もあると思う。

ペモン族の村にも宣教師が度々訪れていて、ペモン族の多くはキリスト教に改宗している。

ただし、完全に改宗したわけではなく、土着の宗教と融合して二つの宗教を取り入れているようだ。

そんなペモン族の村にも近代化の波は押し寄せている。

学校ができたりバイクに乗ったり町へ出稼ぎに出るようになった。

少数民族の文化を守ることは大切だけど、経済発展することも大切だ。

近代化すれば医療が改善され、子どもの死亡率が下がるし、寿命も伸びる。

ただし、倫理観や価値観を押し付けることにもつながると思う。

例えば、妊婦を見殺しにしたり赤ん坊を殺すことは、現代社会では殺人罪に問われ、決して許されないだろう。

しかし、ピダハン族ではないがアマゾンの少数民族の中には、生まれた赤ん坊を殺すか育てるか母親が決める民族もある。

育てないと決めた場合には生まれたばかりの赤ん坊を、蜂の巣の中に押し込み、それを巣ごと燃やして殺す。

そんなことは許されない!」という人もいるだろうけど、それを決めるのは日本に暮らすぼくたちなのだろうか?

マサイ族の男性は女性と結婚するときに、牛を結納品として女性の父親に渡さないといけない。

牛で妻を買うのだ。

それは人身売買なのか?

もし、ぼくがお金を支払って女性を買って妻としたら、非難されるだろう。

(昔の日本の農村も同じだっただろうけど)

ピダハン族の本を読んだり、少数民族の村で暮らしてみて思うことは、いろいろあるけどなかなか言葉にするのは難しい。

・外国人が上から目線で少数民族の文化の善悪について評価を下すのはおかしい

・文化を守ることも大切だし、近代化することも大切だけど、その方向性の決定権は少数民族にあるべき

とりあえずは、こんなことを思っている。

 

文化人類学は日本や現代社会を見つめ直すことができる

ピダハン族の本は「言語学の本」でもあるし、「文化人類学の本」ともいえると思う。

文化人類学は少数民族の文化などを研究する分野で、ぼくは大学時代に文化人類学の講義を取って以来とても好きだ。

参考:ジェンダーで学ぶ文化人類学を読了!ジャイカ国際協力の女性参加型開発の参考図書

なぜかというと、少数民族など現代社会とは違う生き方をしている人類を知ることで、当たり前に信じ切っていた「善悪」や「価値観」を疑うことができるからだ。

・本当に今の社会は正しいのか?

・なぜ、現代社会は今の姿になっているのか?

・他にも生き方があるのでは?

そんなことを考えられるようになる。

文化人類学を学ぶことは、日本社会や近代化社会を冷静に見つめるキッカケになるのだ。

そんなわけで、ピダハンをじっくり読むことをおすすめしたい。

 

ピダハン族とピダハン語の情報まとめ

今回は、ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観、という本を紹介した。

ブラジルのアマゾン奥地に生活している、ピダハン族の暮らしや価値観を垣間見れる素晴らしい本なので、ぜひ読んでみてほしい。

ぼくも機会があればピダハン族の村まで行ってみたい。

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