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「ただその人たちと笑っていたいだけ」西アフリカのベナンで浴衣ビジネスを始めた川口莉穂さん

      2017/03/25


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青年海外協力隊OBOGインタビュー第三弾です。

インタビューに答えてくれたのは、シェリーココ代表川口莉穂(かわぐちりほ)さん。

青年海外協力隊・青少年活動として西アフリカのベナン共和国へ渡り、浴衣ビジネスを立ち上げました。

すでにREADYFORでクラウドファンディングを2回も成功させていて、すごいですね!

今回はベナンで社会起業家として活躍されている川口さんに、ビジネスや協力隊、キャリアについてお話を伺いました。

 

シェリーココ代表川口莉穂さんインタビュー

シェリーココ代表川口莉穂さんの概略

青年海外協力隊・青少年活動として西アフリカのベナン共和国へ派遣される。

任地の女性と浴衣ビジネスを立ち上げ、READYFORでクラウドファンディングを2回成功させる。

ベナン発!手作り浴衣制作を通じて笑顔を増やし、国を繋ぎたい!【募金額73万8千円】

ベナン初の浴衣工房~女性が輝くアフリカ布のものづくりを~【募金額181万円】

現在はベナンと日本を行き来しながら、浴衣ビジネスを展開中。

 

川口さんは平成25年度四次隊・青少年活動でベナンへ

ーーはじめまして、平成25年度一次隊の元パナマ隊の宮﨑大輔です。よろしくお願いします。

元ベナン隊の川口です、よろしくお願いします。

 

ーー川口さんは、青年海外協力隊の隊次は何年度何次隊ですか?

平成25年度四次隊です。そういえば、隊次の呼び方が変わりましたね。なので新隊員と隊次の話をしても「ん??」と混乱します。

※JICAボランティアは「隊次(たいじ)」と呼ばれるグループ単位で、三ヶ月毎に年四回に分かれて派遣されます。

 

ーー職種は何ですか?

青少年活動です。

※JICAボランティアは職種と呼ばれる専門性ごとに採用されます。理数科教師、野菜栽培、看護師など。

 

青年海外協力隊に参加する前はフリーター

ーー協力隊に参加する前は何をしていましたか?

前年の三月に大学を卒業して、次の年の一月からJICA駒ヶ根訓練所で派遣前訓練が始まったので、9ヶ月間はフリーターでした。

※青年海外協力隊は派遣される前におよそ二ヶ月間の国内訓練を受けます。

 

ーー大学では何を勉強していましたか?

ソーシャルイノベーション、社会起業を勉強していました。

いろんな社会起業家を調べたり、あとは子供の心理学なども。

「国際協力」とか「途上国支援」の道に進みたかったので、大学時代に就職活動でJICA職員を受けたんですが落ちてしまって。

JICAに落ちた時点で就職活動をすべてやめました、JICA以外にも国際協力の道に進む方法があると思ったので。

※JICA職員とJICAボランティアはまったく別物です。

 

ーー大学卒業後の9ヶ月間は何をしていたんですか?

お金を貯めて留学しよう、と思いました。

目星をつけたのがアメリカのNGOが行っている、アフリカのマラウイに行くプログラムでした。

アメリカで数ヶ月間研修を受けて、マラウイで数ヶ月間ボランティアして、またアメリカに戻るサンドイッチ型の2年間のプログラム。

このプログラムに参加するためにお金を貯めようとしている最中に、同時に受けていた青年海外協力隊の試験に受かり、西アフリカのベナンに決まりました。

「2年間も現場にガッツリ入れる協力隊の方が良さそう」と思い、協力隊に参加することに決めました。

 

タイを希望したがベナンに派遣された

ーー以前からアフリカには思い入れがあったんですか?

もともと高校の時にタイに留学していたので、本当はタイに行きたかったんですよ~。

協力隊の派遣希望先は第一希望にタイと書き、第二と第三希望は書かずに出したくらいです。

でも面接では「タイ以外でも行きますか?」と聞かれて「もちろん、どこでも行きます!」と答えましたけど(笑)

それで結局、西アフリカのベナン共和国に受かりました。

受験前にはアフリカは全然考えていなかったです、タイしか考えていなかったので。

※JICAボランティアは派遣希望先を3つの地域まで選べます。

 

ーーもしタイに派遣されていたら、どんな活動をしたかったんですか?

第一希望だったタイの要望は、女性の職業訓練センターでした。

志望理由書は「自分が任地へ行ってから何をやるのか」を具体的にイメージできていないと書けないから、第三希望まで書いちゃうと絞れなくなるので第一希望だけにしました。

タイの職業訓練センターで活動している自分を想像して、全部書いたので。

まぁ、結局ベナンでしたけど(笑)

 

学校保健のために派遣されたが、浴衣ビジネスを始めた

ーーベナンの要望調査票はどんな内容でしたか?

ベナンは学校保健や衛生教育に関する内容でした。

 

ーー学校保健?? 保健室の仕事ですか?

市の教育委員会に配属されて、市の管轄下の100校ほどの小学校や幼稚園を巡回して、単発の授業をしていました。

 

ーーあれ、浴衣はどう関係するのですか? 要請内容とは関係ない……?

浴衣の活動と要請内容はまったく違います!

浴衣の活動はJICAとは関係なく個人的に始めたものです。

要請内容に書かれていた学校保健の活動や手洗い指導、マラリア予防の啓発活動はしていましたが、後半一年間は浴衣の活動がメインになりました。

 

ーーそうだったんですね、要請内容と違うことをすることについてJICAの反応は?

ベナンはボランティア調整員が3名いてそのうちの一人が

「要望調査票の内容を鵜呑みにするな!」

「現場に入り込んで、自分の目でできることを探せ!」

「村へどんどん入っていけ。村に入らないと現地人の生活はわからないぞ!」

とおっしゃっていて、おかげで要望調査票の内容に縛られず自由に活動させてもらいました。

 

ーー各国の協力隊から話を伺うと、国(所長)によってJICAの対応が違うことに驚かされます。

例えばパナマはとても自由な雰囲気で「2年間自由に好きなことをしてください」としかいわれなかったです(笑)

しかしケニアでは要請内容を重要視していて、全然違うなと。

 

西アフリカのベナン共和国について

ーーベナンの生活はどうでしたか?

食料が手に入らないので大変でした。

経済首都のコトヌー以外では食べ物が最低限しか買えません。

地方ではコメ、タマネギ、トマトくらいしか食料が売ってないんです……

※ベナンの憲法上の首都はポルトノボ。

 

ーー原因は食料不足、それとも物流の問題?

物流の問題ですね、経済首都に行けばあるので。

 

ーーベナンは何が有名ですか?

ベナンは産業が発達していない国です。

経済発展レベルは西アフリカの中では下位で、日本で有名なのは駐日ベナン大使のゾマホンさんくらい。

 

ーーベナン人はどんな国民性?

基本的に穏やかですが、怒るときはキレます。

「民衆制裁」が盛んなので、誰かが悪いことをしたら警察に変わって民衆がリンチしちゃうことも……

 

ーーベナンのどこで活動されていたんですか?

任地はウェメ県のアジョウン市です。

経済首都コトヌーから車で2、3時間の位置にあります。

 

ーー 一緒に働いているベナン人職人の生活水準は? 三食食べれる?

三食食べられるか怪しいですね。

給料は私からの手渡しなのですが、今はまだ私がベナンにいないと仕事がありません。

なので、私が日本にいる間はベナンにいる日本人向けの製作の収入のみなので心配です。

彼らの食事は、ご飯やパットと呼ばれるとうもろこしの粉を練ったものとソース(パームヤシ・トマト)が主流です。

肉や魚などのおかずなしでソースだけで食べることが多いですね。

 

ーー今一緒に仕事をしているメンバーとの信頼関係はどう?

ちょっとずつ信頼関係を築きました、ただ最近問題が……

最初から信頼していた仲良かった人と最近お金のことでもめてしまい、辞めてもらうことになってしまうかもしれません。

工房の中から職人さんに布を盗まれたこともありました。

でも、盗まれても、裏切られても、好きなんですよね~。

だからこそ悲しい、というのはあります。

 

 

ベナン発祥のブードゥー教の黒魔術グリグリ

ーー大変ですね。

しかも盗んだ人は「なぜ盗んだのか覚えていない。ブードゥー教の黒魔術グリグリによって操られていたんだ!」と言い張るんですよ。

※ベナンはブードゥー教発祥の地

盗んだことを一番怒っていたベナン人がそれを聞いて「そっか、グリグリなら仕方がないわね~」と納得していて(笑)

ベナン文化は理解できないけどベナンでやっていくならそれに合わせなくてはと思い、私も「そっか、グリグリのせいだったのね~」と、それで一件落着はしました。

 

ーーグリグリとは何ですか?

グリグリは、簡単に言うと、呪いです。

また、ザンベトと呼ばれるものも居て、それは大きな藁人形のようなもので、ベナンのお祭りで踊っています。

中に人間が入っていそうなんですが円錐状の藁を剥していくと、藁人形の中には誰もいなくて「さっきまで足があって動いていたのにすごいでしょ! 魂が宿っているのよ」というやつです。

※参考動画:これがブードゥー教のザンベトです

 

 

ーー倫理観はブードゥー教由来ですか?

キリスト教の影響もある気がしますが、悪いことが起きたり不審な死があったら、ぜんぶグリグリのせいになります。

ビジネスパートナーとお金で揉めたときも、「仲が良い私たちに嫉妬した誰かがまじないをかけた」といわれました。

ーーグリグリ、怖い。

 

シェリーココの浴衣ビジネス

ーー浴衣の活動は、派遣されてからどのくらいのタイミングで始めたんですか?

ベナンに着いてから9カ月後くらいに、浴衣の活動のためにクラウドファンディングをすることにしました。

※目標金額30万円に対し73万8千円の募金が集まり、2015年2月19日に成立済み。

妹の莉穂は昨年から青年海外協力隊として、アフリカの地【ベナン】で学校保健・衛生の活動をしています。

妹はそこでたくさんの人々と触れ合い、現地に溶け込んで生活をしています。

そんな生活の中で、ベナン人の雇用状況を知る機会がありました。

現地に素晴らしい布やすばらしい人材がいるのに、利用できていない現状を目の当たりにし、そこでの諸問題を解決すべく、このたび現地の仕立て屋さんに、素敵な布を使用した浴衣を制作して欲しいと考えました!

引用元:ベナン発!手作り浴衣制作を通じて笑顔を増やし、国を繋ぎたい!|READYFOR

こちらが募金で建てられた工房↓

 

ーー浴衣の活動がうまくいった要因は「川口さんの興味」と「任地の需要」が一致したからでしょうか?

需要が合っても私にできないことだったら、してなかったかも。

任地では「服の仕立て屋さん」と「美容師さん」が仕事がなくて町に溢れていて。

偶然出会ったのが仕立て屋さんだったから、浴衣ビジネスとして事業化できそうですが、もし出会っていたのが美容師さんだったら……

「日本に連れてきて、美容室を開く??」くらいしか思いつかないです。

需要と私にできることが一致したから、形になったのだと思います。

 

 

女性社会起業家として活動

ーーまさに、大学時代に勉強されていたソーシャルイノベーションですね!

はい、もともと社会起業に興味があったので。

 

ーー尊敬する社会起業家はだれかいますか?

尊敬する社会起業家は、バングラデシュでのカバン製作を最初に始め、今はたくさんの途上国から世界に通用するブランドとして有名な株式会社マザーハウスの山口絵理子さんと山崎大祐さんです。

副社長の山崎さんには大変お世話になっています。

同じ大学の先輩でもある彼らの存在に背中を押されて、今こうやって頑張れています。

 

山口絵理子氏

株式会社マザーハウス代表取締役兼チーフデザイナー。

インターネットで「アジア 最貧国」のキーワードで検索してバングラデシュに興味を抱く。

実際にバングラデシュを訪問し、貧困や汚職といった現状を目の当たりにする。

バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程に入学。

在学中三井物産のダッカ事務所にてインターンを経験。

2006年に株式会社マザーハウスを設立、代表取締役社長に就任。

引用元:Wikipedia山口絵理子

 

山崎大祐氏

大学在学中にベトナムでストリートチルドレンのドキュメンタリーを撮影したことをきっかけに、途上国の貧困・開発問題に興味を持ち始める。

2003年3月大学卒業後、ゴールドマンサックス証券でエコノミストとして日本及びアジア経済の分析・調査・研究や各投資家への金融商品の提案を行う。

2007年から、山口絵理子が2006年に起業した株式会社マザーハウスの経営への参画をし、取締役副社長に就任。

副社長として、マーケティング・生産両サイドを管理。

引用元:Wikipedia山崎大祐

 

ーー日本に帰国する時、進路を決めていましたか?

実は家庭の事情で一ヶ月間だけ任期を短縮し、急遽日本へ帰国したんです。

なので「自費でベナンへ戻ってこよう」と決めて日本へ帰りましたが、浴衣ビジネスを続けるかは決めていなくて。

ベナンへ自費で戻り日本でいろんな人に相談してから、浴衣ビジネスを本格的に行うことを決意しました!

 

ーーもし、浴衣ビジネスを選択していなかったら何をしていたと思いますか?

う~ん、結婚かな?笑

冗談ですが、大学の時同様他の仕事に興味が沸かなかったので…。

国際協力系の職場を受けていたと思います。

 

ーー大学時代に受けたJICA職員をもう一度受けようとは思わなかったですか?

協力隊に受かった時点では「協力隊が終わったらJICA職員を受けよう」と思っていましたが。

協力隊の2年間で「JICA職員の仕事よりも現場の方が楽しい」と感じたので、協力隊の後はJICA職員を受けようとはは一切思わなかったです。

なので、新卒のときにJICA職員に受かってなくてよかった、と今は思います(笑)

 

ーーだいぶ、人生変わりましたね(笑) 浴衣ビジネスを続けようか悩んだ理由は?

うまくいくか、わからなかったからです。

 

ーーその時点で黒字化はできそうでしたか?

……まったく。

今までは私がボランティアだったので、私の人件費が必要なくてそのおかげでなんとか回っていました。

でも私が生きていくための賃金を取ると計算してみると、「無理だろーーー」と。

当時は年に20着ほどの売り上げだったので、私が生きていくのは難しかったですね。

でも日本で就職して片手間でやるには、ベナンはあまりにも遠すぎるし。

なので就職したら浴衣ビジネスは辞めるしかない、だけど辞められず……

 

ベナンで浴衣ビジネスを始めた理由

ーー辞められなかったのはなぜ? 情ですか?

ベナンで一緒に働いているみんなが大好きなんですよ~!!

家族や日本の友人にはここまでの感情を抱いたことがないです。

日本の家族とも仲はいいですが、普段好きとは思わないじゃないですか。

彼らに抱いている感情は家族と同じくらいの愛情。

彼らも同じように私のことを想ってくれていて、ここまで人に愛されたことがない。

すごく居心地がいいので、ただ私が彼らと一緒に居たいからしているのかも。

私が居なくなったら彼らの生活がまた元の厳しい状況に戻ってしまう、と考えたら心配で。

そこで「彼らと共に浴衣ビジネスを続けよう!」と決意しました。

 

ーーベナン国やベナン人がみんな好きなんですか?

ベナン全体は普通に好きくらいの感情ですが、一緒に働いている人は特別。

なので今の町ありきの事業拡大はありだけど、今の町ではやらずに他の国や他の町で!となるようなビジネスはやらないと思います。

だって、私にとってモチベーションはその町の人たちだから。

昔は途上国支援や国際協力がしたかったけど、いまはただその人たちと笑っていたいだけ。

規模は小さくなったけど、これが私のモチベーションです。

 

団体名シェリーココの由来

ーー素敵ですね。団体名シェリーココの由来は何ですか?

「マシェリー」の意味は英語でマイ・ハニー、「ココ」はかわいいからかな?

語尾につけて、「マシェリー」ではなく「マシェリーココ」を使うベナン人が多いです。

愛しい人を呼ぶときに使うフランス語です。

私にとって彼らはシェリーココ、彼らにとって私もシェリーココ。

なので工房を「シェ・シェリーココ(愛しい人が住む場所)」と読んでいて、それだと長いので団体名は「シェリーココ」にしました。

 

ーービジネスモデルは、ベナンで浴衣を製造して日本で販売ですか?

そうです。

 

ーー今後の展開は?

日本で商品をもっと販売したいです。

目標は2018年中に店舗を出すこと。

今は日本に帰国していますが4月にはベナンへ帰るので、それまでにどれだけ売り先を見つけられるかと、今年の夏に日本でどれだけ売れるかが勝負です。

浴衣は季節物なので、浴衣に変わる商品も作りたいですね~。

 

シェリーココの新商品

こちらが商品開発中の「パーニュ」と呼ばれるアフリカ布を使った小物↓

バッグ

 

スマートフォンケース

 

ポーチ

 

財布

 

ベナンで浴衣ビジネスをする上で直面する問題

ーー日本では高品質な商品を求められると思いますが、ベナン人に任せただけで作れますか?

任せただけでは全然ダメです。

アジョウン市は田舎なので新しい商品の製造を頼める腕の良い職人がいません。

もちろん、本当は全て自身のアトリエで製作したいのが本音ですが、小物などの新商品に関しては、まずは経済首都の腕の良い職人と一緒に製作する予定です。

なので4月以降は職人さんの仕事を横で見るために、経済首都にも住居を構えないとな、と思っています。

 

ーーどんなことが大変ですか?

今は工房の電気を止められてしまい困っています。

大家さんが電気代を払っていないせいで、工房の電気を止められてしまいました。

3軒の借家のうち私たち以外の2軒が払っていないので。

発電機を買って使ってみたけど、電子機器の充電器を壊されてしまい全然ダメでした。

 

ーーインフラが使えないのは大変ですね。他にはどうですか?

仕事上の問題は、伝えたとおりに製品が作れない、期限を守らないことですね。

昔から一緒にやっている人とのストレスはないんですが、新商品作りのための新しい職人との間にストレスがあります。

 

 

キャリアプランのお話

ーーぼくも協力隊に新卒で参加したんですが、川口さんは社会人経験がないことは気にならなかった?

協力隊から帰国直前は気になりました。

「社会人経験を積んでから起業した方がいいのでは~??」と。

でもベナンで待っているみんなのために一日でも早く始めないと!

3年くらい働いてそれから、なんて言ってられなかったです。

 

ーー社会人経験は必要ないと思いますか?

「やりたいことをやりたい」と考えました。

就職活動をしても、自分が本当にやりたい仕事をできることは稀ですよね?

まぁ、ただのわがままなんですけど。

私はやりたくない仕事をしている自分が想像できないですね。

毎日愚痴を言いながら我慢して働く?、想像できない(笑)

 

ーーかっこいいですね。ご家族の反対はなかったですか?

自分のやりたい道に進もうと決意しました。

以前は親は「そんなに上手くいくわけないでしょ」といっていましたが、今は応援してくれています。

ただ親戚に対する親が可哀想で「娘は大学を卒業して、今はニートです」みたいな(笑)

 

ーーベナンで「こんな経験を積んどけばよかったー」と思ったことは?

例えば、風邪とか病気になった人がいても、なにもしてあげられない。

なので「看護師や医師はすごい、生まれ変わったら医療関係者になろう」と思うようになりました。

ビジネスも将来的には助けになるかもしれないけど、医療はすぐに人助けになるので。

 

現役の協力隊へメッセージ

ーー帰国間近な協力隊へメッセージをお願いします!

私が協力隊に行って思ったのが、「人生一度きりだからやりたいことをやろう!」です。

以前は学歴に縛られていました。

いい大学で周りがいい企業に就職しているから私もいいところへいこう、ちゃんとした有名な大企業に勤めなきゃ、という気持ちがなきにしもあらずでした。

でもそれがベナンに行って完全になくなりました。

日本人の他人の目とか、協力隊に行ったからそれを生かせるような仕事をしなきゃとか、現職参加で行ったからもとの職場に戻らなきゃ、と思っている人がいるとしたら「好きなことやりなさい!」と伝えたいです。

現職参加の人にそれいったらまずいけど(笑)

※青年海外協力隊には会社に籍を残したまま参加する「現職参加」という制度があり、帰国後は職場復帰が原則。

 

最後に、宮﨑大輔の悩み相談コーナー

ーー個人的な悩み相談で恐縮なんですが、やりたいことがわからないときはどうしたらいいですか?

何をしているときが楽しいですか?

人生のモチベーションは何ですか?

私が知っている宮﨑さんはカメラが好きなんだろうな~、ブログを書いているのが楽しいんだろうな~と思っています。

今のままではダメなんですか?

ーー悩める心にグサグサです、ありがとうございます。本日はインタビューに答えて頂き、ありがとうございました。

 

 

 

シェリーココを紹介しているWebサイト

もっと詳しくシェリーココの活動を知りたい方は、こちらのサイトがおすすめです。

現在はシェリーココの新しいWebサイトを準備中だそうです。

ベナンのアフリカ布を使って浴衣製作!若手女性起業家の次なる挑戦に迫る!〜突撃インタビュー〜

 

ベナン発!手作り浴衣制作を通じて笑顔を増やし、国を繋ぎたい!

ベナン発!手作り浴衣制作を通じて笑顔を増やし、国を繋ぎたい!(川口莉穂【Chérie COCOシェリーココ】) - クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー)

ベナン発!手作り浴衣制作を通じて笑顔を増やし、国を繋ぎたい!(川口莉穂【Chérie COCOシェリーココ】) – クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー)

 

ベナン初の浴衣工房~女性が輝くアフリカ布のものづくりを~

 

 

まとめ

今回はベナンで社会起業家として活躍されている川口さんに、ビジネスや協力隊、キャリアについてお話を伺いました。

青年海外協力隊を目指す人の中には、社会起業家に憧れている人も多いと思います。

【大学→青年海外協力隊→任国で起業】というキャリアを進んでいる川口さんのお話は、刺激的だったのではないでしょうか。

 

協力隊OBOGインタビュー記事

JICAボランティアを二つ経験後にコロンビアで日本語教師をするカオリさんの青年海外協力隊OGインタビュー

商社をやめてエチオピアでマーケティング調査、そしてコロンビアで起業しラーメン屋を始めるチノさんの青年海外協力隊OBインタビュー

 

【募集】インタビューに協力してくれる青年海外協力隊OBOGを募集中

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主に任期終了後の進路についてお話を伺い、ブログにアップさせて頂きます。

ぼくは日本中、世界中を移動しているのでタイミングが合った時に、どこかでインタビューをさせて頂きたいです。

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宮﨑大輔 Daisuke Miyazaki

【職業】

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VALU

【農業経歴】

1988年 長野県飯田市のリンゴ農家に生まれる

2011年 信州大学在学中に、実家のリンゴジュースを東京のマルシェやネットで販売する

2013年 信州大学大学院で農学修士号取得

2013〜2015年 青年海外協力隊として中米パナマ共和国で2年間農業ビジネス支援

2015年〜 農業コンサルタントとして日本、アジア、アフリカで、苺ビジネスのコンサルティング中

・テレビ出演(TBSあさチャン
・週刊誌監修(女性セブン
・書籍の監修多数

【フォトグラファー経歴】

2013〜2015年 中央アメリカで写真撮影を始める

2015〜2017年 世界20カ国を旅しながら風景写真を撮影

2017年〜 日本で人物撮影、企業撮影、イベント撮影を行う

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