横浜国立大学の藤掛洋子先生からのアドバイス
フィールド調査団の関係で、横浜国立大学大学院でラテンアメリカの研究をされている藤掛洋子先生から、個人的にアドバイスを頂くことができた。
藤掛先生からは「疥癬(かいせん)という寄生するダニに注意して!」というアドバイスを頂いたので、寄生虫対策とさらにそこから発展して、最近では子供の皮膚病を防ぐために衛生指導も始めた。
参照:青年海外協力隊から帰国後に突然医者を目指す人の気持ちが理解できた。|JIBURi.com
実は、もう一つアドバイスを頂いた。
「子供たちに『歯磨きの大切さ』も伝えて下さい」
確かに、山奥の村に住むほとんどの大人は、歯が数本ない。
それは歯磨きをしないことと、歯医者にかかることができないからだろう。
ぼくは野菜栽培隊員として農業指導に力を入れていたので、「歯磨き」に注目したことはなかった。
藤掛先生のアドバイスに従って、歯磨きを教えようと思ったが、活動を始める前には必ず現状を把握しないといけない。
これは、青年海外協力隊活動の鉄則だ。
そこで、まずは山奥の村の子供が「歯ブラシを持っている割合」を調べることにした。
歯ブラシの所有率調査
ぼくが活動する4つの集落で、子供を持つ親に聞き取り調査をした。
「あなたの子供は、歯ブラシを持っていますか?」
その結果、「およそ30%の子供は歯ブラシを持っていない」ことが明らかになった。
ぼくは気づいた。
歯磨きを教える前に、歯ブラシを手に入れさせないといけない!
しかし、現金収入がほとんどない村人に、歯ブラシを買ってもらうことは難しい。
なぜならそもそも、親たちが歯を磨かないからだ。
だから、子供たちにも歯磨きをさせない。
親たちは「歯ブラシは必要ではない」と考えているから、子供に買い与えていないのだ。
その結果、多くの子供たちが虫歯になっている。
「歯磨きしてる?」と尋ねると、「歯ブラシ持ってない」と返事が返って来た。
子供はスナックお菓子や甘いものが大好きだから、虫歯にかかりやすい。
そこで、ぼくは親たちに歯ブラシを買ってもらうために、作戦を練ることにした。
歯ブラシ普及大作戦
歯ブラシを普及するために、フィールド調査団のアイデアとスイッチ!「変われない」を変える方法という本のアイデアを使って作戦を考えた。
プロジェクトの定例会議
歯ブラシの所有率調査の報告書を作成し、プロジェクトの定例会議で先生と看護師とコーディネーター全員に配った。
この時には、前日にプロジェクトのコーディネーターに「根回し」をしておいた。
「明日、会議でコレを提案したいんだけど、どうかな?」と意見を求め、協力をお願いしたのだ。
根回しは、社会人経験が豊富な協力隊員の皆さんから教えてもらったテクニックだ。
おかげでプロジェクトメンバー全員で「子供の歯磨き不足が問題だ!」という意識を共有できた。
必要性を訴える看護師の指導会
まずは大人たちに、「なぜ歯磨きをしないといけないのか?」を伝えなければいけない。
その作業は、農業技師のぼくよりも適任者がいる。
医療のプロ、村の病院で働く看護師である。
プロジェクトでは、子供と大人向けに山奥の村で予防接種も行っており、それは看護師が実施している。
看護師も、栄養改善プロジェクトに協力しているのだ。
そこで、定例会議で看護師に「歯磨きの大切さを伝える指導会を開催して欲しい」と頼んだ。
歯ブラシ保有率のデータを見た看護師は、ボランティアであるぼくのお願いを快諾してくれた。
フィールド調査団のアイデア
フィールド調査団のアフリカの団員で、「村人が現金を持っているタイミングを狙って、野菜を買ってもらう」という活動をした青年海外協力隊員がいた。
そこで、パナマでもそのアイデアを応用することにした。
山奥の村に暮らす親たちは、政府から「子育て補助金」を受け取っている。
その補助金は、二ヶ月に一度の頻度で1万円が支給されている。
現金収入がほぼゼロの村人にとって、この補助金がほぼすべての収入源である。
そのため実は補助金支給の日は、村人の財布のひもは緩み、村の食料品店でたくさん買い物をしている!
ぼくは村に住んでいるので、その姿を何度も目撃していた。
そこで、次回の補助金支給のタイミングで、看護師に歯磨き指導会を行ってもらい、親たちに歯ブラシを買ってもらおうと考えた。
そして、次回の補助金支給日は8月18日(月曜)から22日(金曜)まで。
スイッチ!「変われない」を変える方法のアイデア
さらに、スイッチ!「変われない」を変える方法という本のアイデアも応用した。
その本では、変化を起こすためには、「具体的な一歩を用意すべし」と書かれている。
「歯磨きは大切だから、歯ブラシ買ってねー!」
だけでは、親たちは今までの習慣通り、歯ブラシを買わないだろう。
彼らの習慣を変えるには、具体的な一歩を用意する必要がある。
そこで、ある作戦を考えた。
この補助金は子供のために使わないといけないと決められているが、実際には補助金の支給日には、父親たちは受け取ったばかりの補助金で缶ビールを何本も買って、べろべろに酔っぱらうまで飲んでいる。
その缶ビールの値段は、70円。
子供用の歯ブラシの値段は、50円から75円。
缶ビールを一本我慢すれば、子供に歯ブラシを買ってあげられるのだ。
そこで、親にこう訴えかけようと思う。
「ビールを一本我慢して、歯ブラシを一本買おう!」
歯ブラシ普及大作戦の内容
歯ブラシ普及大作戦の内容をまとめるとこうだ。
1.看護師の指導会
2.ぼくの「ビールを一本我慢して、歯ブラシを一本買おう!」宣言
3.親たちが補助金で歯ブラシを一本買う!
そして、今週の火曜から実際に歯ブラシ普及大作戦が開始された。
大作戦の対象は、ぼくが住む村の5つの集落である。
看護師による指導会
まずは、一つの学校で看護師による「歯磨き指導会」が開催された。
親を対象に行うはずだったが、学校の先生が勘違いし親を集めなかったので、子供を対象を行うことになった。
でも、ぼくは全く動じなかった。
なぜならば、ここは日本ではなく、パナマなのだ。
看護師さんはとても話が上手で、歯磨きの大切さが書かれた資料を子供たちに見せながら、説明していく。
3名の子供に前に出てきてもらって、歯磨きのデモンストレーションをしてもらう。
素晴らしい!
これで、歯磨きの大切さは子供たちに伝わったはずだ。
子供たちは歯磨きの仕方をマスターした。
あとは、ぼくが後日、親たちに「ビールを一本我慢して、歯ブラシを一本買いましょう!」と説得すればよい。
大作戦が順調に進行していたその時、ぼくの目に信じられない光景が飛び込んできた!
「あれ?なんか、配り始めたぞ…」
「え?何それ?」
「いやいやいや、見間違いだよね?」
恐る恐る看護師が配っている、長細い物体が入った袋の中を覗いてみた。
って、歯ブラシやないか!
しかも、歯磨き粉付きやないか!
しかも、しかも2本入りやないか!
定例会議での一コマ
実は定例会議で「ダイ!お前がJICAの金を使って、歯ブラシを全員分買えよ!」 と言われていた。
青年海外協力隊はJICAの資金を、活動のために使えるからだ。
しかし、ぼくは断った。
なぜならば、ぼくが歯ブラシを親に買い与えたら、親は自分で買おうとしなくなるからだ。
これから先も親が子供に歯ブラシを買うように、歯ブラシを与えるのではなく、歯ブラシを買ってもらいたい、と説明した。
なのに、歯ブラシ配ってるー。
でも、子供たちの反応に救われた。
まぁ、しょうがない。
歯ブラシは病院の倉庫にあったものを、持って来たそうだ。
パナマでは支援、援助という言葉は、「物を与える事」を意味している。
技術や知識を教える事や、物を買うように勧めることを、パナマ人は支援や援助とは考えない。
この学校は、生徒全員に歯ブラシを2本と歯磨き粉を配った。
もう歯ブラシ普及大作戦は必要ない。
2校目の歯磨き指導会
2校目の学校で、歯磨き指導会が開催された。
今回の子供の対象は、一学年の7名だけ。
理由は、「歯ブラシがもう7本しか残っていないから」だそうだ。
全部で5校あるとわかっていながら、1校目でほぼすべて配ってしまったそうだ。
これがパナマらしさである。
この学校は、先生がきちんとした人間なので、ちゃんと母親も集めてくれた。
そして、ついにぼくが「ビールを一本我慢して、歯ブラシを一本買おう!」という話をするはずが、ぼくはお料理教室の準備で手一杯で、その話が出来なかった。
この指導会の後、ぼくは女性たちを集めて、ツルムラサキとニンジンのお料理教室を開催した。
歯ブラシ普及大作戦をするには、時間が足りなかった…。
ついに、歯ブラシ普及大作戦の出番!
来週は3校で同様の指導会を実施する予定である。
しかも、もう配れる歯ブラシは一本もない。
ついに、歯ブラシ普及大作戦を行う必要が出てきた。
来週は、お料理教室をやめて、歯ブラシ普及大作戦に専念しようと思う。
結果の比較をしたい
せっかくなので、結果の比較をしたいと思う。
①歯ブラシを配った学校
②看護師の指導会だけの学校
③歯ブラシ普及大作戦を実施した学校
この3つのタイプの普及活動で、最も歯磨き定着率が高いのはどれか。
結果を調査しようと思う。
歯ブラシ普及大作戦をついに、始動させる。