農業開発の専門家である大学院時代の恩師の教え
「マニュアル化した瞬間、その技術は死ぬ」
これは僕が大学院生時代に、恩師から教えられた言葉だ。
僕は大学と大学院で「イチゴの栽培マニュアルを作る」という目的のため研究を行っていた。
研究の手順はこうだ。
イチゴの栽培マニュアル作りの手順
1.農家に巡回に行く
2.イチゴの生育を調査し、農家から悩みを聞く
3.農家の悩みを解決するために、大学院で実験を行う
4.実験結果を基に栽培マニュアルを作る
(※繰り返す)
このように繰り返し農家に巡回に行き、農家が抱える悩みを聞き取り、その解決方法を実験で立証した。
例えば、「水やりの頻度と量がわからない」という悩みを聞いた場合は、最適な水やりの頻度と量を調べるために「水やりの実験」を半年間行った。
肥料の悩みを聞けば、肥料の実験を行った。
イチゴの栽培マニュアルが完成
このようにして、少しずつ農家の悩みを解決していくという方法で栽培マニュアルの作成を目指した。
そして先輩方や後輩の助けのおかげで、大学院1年生の終わりには無事に栽培マニュアルを完成させることが出来た。
そして、大学を通じてイチゴを栽培する農家にその栽培マニュアルを配布した。
農家巡回の様子
栽培技術指導のための農家巡回でのエピソード
大学院2年生になり、いつものように農家に巡回に行った。
ここはすでに栽培マニュアルを配布した農家だ。
いつものようにイチゴの生育を調査し、農家に困っていることはないか尋ねた。
すると農家はこう答えた。
「水を与えすぎてしまったようだ。それと、肥料はどれくらい与えたらいいのかわからない」
僕は驚いて「いやいや、ちゃんと栽培マニュアルに全部育て方は書いてあるじゃん!」と心の中で突っ込んだ。
恩師からの教え|マニュアル化した瞬間、その技術は死ぬ
この巡回から大学に帰る最中に恩師から「マニュアル化した瞬間、その技術は死ぬ」と教えられた。
おそらく、僕の態度から僕が心の中で考えていたことを見抜いたのだろう。
農学部の教授として日本の農業振興に長年携わってきた経験から、農家に技術を教える方法を諭してくれた。
いいか、農家は決してイスに座って本を読んで、野菜の育て方を学ばない。
農家は、畑に出て自分の目で見て手で触って、野菜の育て方を体で覚える。
だから、農家に技術を伝えるためには、【畑で教える】しか方法はない。
しかも一回では覚えられないから、何回も何回も繰り返し指導しないといけない。
by恩師
マニュアルを作ることのメリットとデメリット
マニュアルを作るとそれに満足し、畑での指導を疎かにしてしまう。
そのため農業の世界では、「マニュアル化した瞬間、その技術は死ぬ」と言われている。
「だったら最初からマニュアルを作るなよ!」と思うかもしれないが、マニュアルを作ることにも意味はある。
マニュアルを作るために農家に巡回に行き、作物の生育を確認し、農家から悩みを聞く必要があった。
おかげで農家と頻繁に顔を合わせることになり、悩んだ時には頼ってくれるような信頼関係を築くことが出来た。
またマニュアルを利用することで、初心者の農家でもある程度の作物を収穫出来るので、農家の栽培レベルの底上げをすることが出来る。
マニュアルの改訂版と農家の栽培指導
この言葉を聞いてから、マニュアルに書いてあることでも、積極的に指導するようになった。
マニュアルに頼らずに農家と直接やり取りすると、さらに悩みを知ることが出来た。
そして大学院2年生でも実験を行い、その結果を基に栽培マニュアルを増補し、大学院を卒業する前に【改訂版】を作成することが出来た。
もちろん、栽培マニュアルを配布しただけで終わらず、今は恩師が畑に出て栽培指導をしているそうだ。
ある時は、東北へ
またある時は、四国へ。イチゴを求めて全国行脚
青年海外協力隊・野菜栽培隊員としての農業マニュアルの意義
パナマにも「農作物の栽培マニュアル」が多数存在している。
作成元は、パナマの農業研究所、アメリカの国際協力機関、そしてJICAである。
トマト、トウモロコシ、ピーマンなどパナマで栽培が盛んな作物の育て方が、ほぼ完ぺきにまとめられている。
種まきから収穫までの作業はもちろん、主要病害虫の防除方法まで記載されている。
しかし、このマニュアルの技術は死んでいる。
パナマの栽培マニュアルは死んでいる
農家まで技術が伝わっていないのだ。
まさに恩師が言った通りの状態である。
マニュアルを作ることで満足し、畑での指導が疎かになっている。
マニュアルに頼らない野菜栽培指導方法
とは言え、僕はまだ畑に出て指導できるほどパナマの農業を知らない。
まずは、マニュアルに頼らずに農家から栽培の仕方を学ぼうと思う。
そして、次に農家から悩みを聞く。
悩みを解決する段階になると、各研究機関が作ったマニュアルが役に立つと思う。
パナマの研究機関が持つ農業技術レベルは高いが、残念ながらそれが農家まで届いていない。
僕の役割は、パナマの栽培マニュアルを生き返らせることかもしれない。
おしまい。