JIBURi.com

宮﨑大輔が青年海外協力隊・海外旅行・ライフハック・農業技術・ノマドライフ・一眼レフ撮影を紹介します

「青年海外協力隊」カテゴリの人気記事

まだデータがありません。

青年海外協力隊の任期が終了して一年経ったボクが帰国直後のOBOGに伝えたい5つのこと

   


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

日の出前の鏡張りウユニ塩湖

今日(2016年6月30日)で、青年海外協力隊の任期が終了し日本へ帰国してからちょうど一年が経過した。

ちょうど一年前の今日(2015年6月30日)にぼくは成田空港へ到着し、そしてKeiさんに会うために新宿アルタ前へ向かったのだ。

Keiさんは現在ネパールで青年海外協力隊コミュニティ開発として活動している方で、Kei’s Way@ネパールというブログを書いている。

そして今日、一年後の帰国までに実現する目標を公開していたので、ぜひ読んでみてほしい。

参考:1年後の今日帰国する青年海外協力隊が実現する3つの目標|Kei’s Way@ネパール

せっかくなのでぼくも青年海外協力隊の任期が終了してから一周年の節目にブログを書こうと思い、ちょうど今帰国している平成26年度一次隊の皆さんに向けて記事を書くことにした。

なぜかというと、協力隊の帰国後の進路とか葛藤とかの情報って全然ないから。

そこで今回は、「青年海外協力隊の任期が終了して一年経ったボクが帰国直後のOBOGに伝えたい5つのこと」を紹介しよう。

スポンサーリンク

 

 

 

青年海外協力隊の任期が終了してちょうど一年経過

2016年6月30日で青年海外協力隊の任期が終了して、ちょうど一年が経過した。

1.派遣期間は2013年7月から2015年6月までだった

パナマの空港を飛び立つ

ぼくの青年海外協力隊としての派遣期間は、2013年7月から2015年6月までだった。

なので、2015年6月28日にパナマ共和国を出国し、2015年6月30日に日本へ帰国した。

あぁ~、めっちゃ懐かしいーーーー。

パナマを出国する瞬間は凄く感情が不安定になったし、経由地のアメリカから日本までの飛行機の中では思わず泣いたし、成田空港に着いた瞬間の感動も忘れられない!

2015年6月26日で、ぼくの青年海外協力隊の派遣期間が終了した。

6月28日の早朝の飛行機でパナマを出国し、アメリカのニューヨークで乗り継ぎし、30日には日本へ到着する予定だ。

参考:青年海外協力隊の派遣期間が終了したので、明日ついに日本へ旅立ちます。

ぼくは日本に帰国した直後に成田空港からそのまま新宿へ直行し、ネパールへ派遣される前日のKeiさんに会いに行ったのだが、冷静になって考えてみたら恋人みたいだね(笑)

参考:青年海外協力隊から帰国して最初に会った人は、なんと○○さんだった!?

※この記事を読む前にKeiさんが書いた記事を読んでみてほしい。

 

 

2.帰国後はしばらくニートになった(笑)

日本へ帰国してからしばらくは、長野県の実家でニート生活を送っていた。

途中で一時帰国したとはいえ、ほぼ2年ぶりの日本に馴染むのには時間が必要だったのだ。

参考:青年海外協力隊から帰国後にニートになったので、#ニートにしかわからないことをツイート中です

参考:逆カルチャーショック!2年間海外で暮らした青年海外協力OBが異様に感じる日本の不思議4選

 

3.フリーランスの農業コンサルタントとして独立

コスタリカのイチゴマルチ栽培

そして、フリーランスの農業コンサルタントとして仕事を始めた。

といっても、実はパナマで協力隊として活動していた時にすでに仕事の依頼を受けていた。

ベトナムで日系農業企業の進出支援

まずは、ベトナムで日系農業企業のイチゴ農園で調査とコンサルティングを行った。

この農園には南米から帰国したあとにも指導に行き、現在は顧問契約を結んで栽培指導を行っている。

ベネズエラで少数民族に農業指導

ベトナムの次は、南米ベネズエラのカナイマ国立公園へ行き、少数民族ペモン族に野菜の育て方を教えた。

これは日系企業からの依頼で、国際協力プロジェクトとして行った。

参考:ベネズエラのカナイマ国立公園に暮らすペモン族の村で47日間農業を教え、テーブルマウンテンに登頂したよ

ボリビアのウユニ塩湖で環境改善

ベネズエラの次にボリビアのウユニ塩湖に行き、環境改善プロジェクトを立ち上げた。

この時にはクラウドファンディングを行い、124名の方から募金をして頂き活動を行った。

参考:あなたのクラウドファンディングを成功に導く方法をデータ付きで解説!達成の秘訣はプロジェクトページとFacebook

沖縄で完全閉鎖型植物工場ラボの栽培指導

南米から日本へ帰国し、沖縄で完全閉鎖型植物工場ラボでイチゴの栽培指導を行った。

半年ぶりの日本を満喫しつつ、台湾にも旅行した。

ケニアで国際協力プロジェクトに従事

そして、今は東アフリカのケニア共和国で国際協力プロジェクトに従事している。

ケニアではJICAの皆さんや青年海外協力隊の皆さん、フィールド調査団の方々にもお世話になっている。

 

4.協力隊が終わってから一年経ったからわかること

振り返ってみると、青年海外協力隊から一年間でいろいろあった。

ニートの時期もあったし、日本でも海外でも仕事をした。

「青年海外協力隊から帰国するとこんな感じなのかぁ~」と驚くことも多かったが、こういう情報って世の中には出回っていないよね?

青年海外協力隊は現役隊員時代はブログを書いたりFacebookを投稿するが、帰国した途端に情報を発信しなくなるので帰国後の様子が全然わからない。

協力隊OB・OGは神隠しにでもあったの?と思うほど。

そして、よく考えてみたら、ぼくの一年後に派遣された平成26年度一次隊のみなさんはちょうど今、日本へ帰国しているところだろう。

活動お疲れ様でした。

そこで、青年海外協力隊の任期が終了して一年経ったぼくが伝えたいことを、日本に帰国直後?直前?の平成26年度一次隊のみなさんに向けて書くことにする。

 

 

 

青年海外協力隊の任期が終了して一年経ったボクが帰国直後のOBOGに伝えたい5つのこと

青年海外協力隊の任期が終了して一年経ったぼくが帰国直後のOBOGに伝えたいことは5つ。

1.あなたのボランティア体験談を聞きたい人は少ない

村人に囲まれるボランティア

まず、これは肝に銘じておいてほしい。

あなたのボランティア体験に興味がある人は少ないので、体験談を語る相手はいない!

ぼくの周りのボランティアOB・OGで「私の体験談を全然聞いてくれない」、「伝えたいことがたくさんあるのに、話す相手がいない」と悩んでいる人は結構多い。

青年海外協力隊は2年間もボランティア活動を行うので苦労した話や悔しかったことは山ほどあるし、途上国に生活するので面白エピソードもめちゃくちゃ溜まっているからだ。

しかし、JICAの青年海外協力隊やシニア海外ボランティアはマイナーな存在なので、その体験談はほとんどの日本人にとってはどうでもいい情報だ。

あなたの体験談に耳を傾けてくれるのは、家族と親しい友人と協力隊志望者だけ。

青年海外協力隊OBOGが体験談を語る場は、JICAの活動報告会や母校の講演会、出張講座くらいしかない。

体験談を語れる少ないチャンスで伝えたいことを伝えられるように、帰国前にあなたの2年間を整理しておこう。

 

2.帰国後は浦島太郎気分になって辛い

アルクマと記念撮影

ぼくが日本に帰国してみてショックだったのは、なんだか自分が浦島太郎になったような気分になったこと。

日本での2年間の空白に苦しむ

自分が居なくても日本や地元では「2年間」という時間が過ぎているが、自分の感覚では2年前の日本や地元に帰ってきた気になってしまっていたのだ。

どういうことかというと、ぼくは2013年7月頭に日本を出国し2015年6月末に帰国したのだが、自分の感覚では2013年7月に帰ってきた気分になっていた。

しかし、現実は2015年なので2年間の変化が生じていて、その変化についていけない。

例えば、ぼくの場合には実家が建て壊されて更地になっており、家族が引っ越していた(笑)

派遣国で過ごした2年間はどこにいったのか?

もう一つの苦しみは、派遣国で過ごした2年間が消え去ったような感覚になること。

2013年7月に日本を出国して2013年7月に帰国したように感じているので、「2年間のボランティア活動は夢だった」かのように錯覚してしまう。

あれ?? 本当にぼくはパナマ共和国に行ってたんだっけ?」と混乱していた。

浦島太郎化現象には気を付けよう。

ある先輩の協力隊OGは「海外生活から完全に復帰するには海外で過ごしたのと同じだけの期間が必要なので、2年間活動したボランティアが日本に慣れるのには2年が必要」と話していて納得した。

あまり悩まずに時間が解決してくれるのを待とう。

ぼくの場合には浦島太郎が玉手箱を開けたように、すぐに海外に飛び出してしまったが…….

 

3.帰国後の進路を決めるのはあなた自身

帰国隊員と中華料理屋のママ

青年海外協力隊から日本に帰国すると、ぼくたちは完全に自由になる。

一部の隊員は現職参加といってサラリーマンのまま参加しているので帰国後は速攻で職場に復帰するが、多くのOBOGは一旦はニートになる。

そして、協力隊OBOGのその後の進路はほとんどが「国内就職」で、残りが「大学院への進学」。

たまにいきなり起業したりフリーランスになったり、結婚して専業主婦になったり、ニートのままの人がいるくらい。

同期のOBOGが就職を決めたり大学院進学を決めても焦る必要はない、ニートも案外いいものだ。

ただし、進路は自分の意思できちんと決めよう。

国内で就職するでもいいし、公務員試験を受けるでもいいし、海外の大学院に進学するでもいいし、起業するでもいいし、NGOを立ち上げるでも何でもいいけど、自分の意志で決めよう。

ぼくの同期でも進路は様々。

国内就職者(企業・公務員)が多いが、海外で働いている人もいるし、大学院に進学した人もいるし、女子プロレスラーになった人までいる。

自由と責任はセット。

せっかく海外経験があるのだから海外で働くべき! 協力隊OBOGなら国際協力の道へ! 税金で派遣されたんだから日本へ還元しなきゃ!」みたいな意見とかアドバイスは参考にしてもいいけど、最終的には責任を持って自分で決めるべきだ。

自分が本当にやりたいことは何なのかを、帰国前から少しずつ考えておこう。

 

4.JICAと青年海外協力隊は凄い

JICA駒ヶ根訓練所

JICAと青年海外協力隊という国際ボランティアプログラムは凄いよ、マジで。

青年海外協力隊の活動期間が終わってから、ようやくその凄さが分かるようになった。

JICAの影響力とネームバリューは凄かった

まず、JICAは世界中で凄い影響力とネームバリューを持っている。

日本人だったら誰でもJICAと聞けば何となく国際協力機関だと分かるし、世界中である程度通じる言葉だ。

世界中の発展途上国で「私はJICAボランティアとして活動していた」と自己紹介すれば、たったこの一言で信用が得られる。

残念ながら「○○というNGOで働いていた」では全然ダメ。

ぼくは協力隊OBであるおかげで農業コンサルタントとして独立してからも、アジアや南米、アフリカなどで仕事が超やりやすい。

しかも、JICA事務所は世界中の発展途上国にあるので、協力隊時代の人脈を使って情報が集められる。

具体的にいうと、ぼくは知らない途上国に行く時には協力隊の同期に「お前が派遣されていた国に行くから、誰か後輩隊員を紹介して」とお願いしている。

このように協力隊ネットワークを使えばどこの国でも、現地の情報に詳しく人脈があり現地言語が話せる最強の現地人材(=現役隊員)と連絡を取ることができるのだ。

青年海外協力隊というプログラムは凄かった

そして、JICAの青年海外協力隊というプログラムはマジで凄いと思う。

通常はJICAに就職するためには東大とか京大レベルの偏差値の大学を卒業しなければならず、英語もペラペラじゃないといけない。

要するに超エリートじゃないとJICAには就職できず、JICAネットワークは使えない(契約社員も多いけどね)。

しかし、青年海外協力隊ならば学歴は選考で重要視されないし(影響はする)、英語力は最低限でいいし、ほとんど誰にでもチャンスがある。

派遣前訓練では語学学校以上に語学の基礎をみっちりと教えてもらえるし、派遣中はJICAから手厚いサポートを受けられる。

しかも活動に関わる費用はすべてJICAが負担し、就職準備金という名目で給料までもらえる。

これって、凄くない?

海外に長期間住む方法は海外留学、ワーキングホリデー、NGOのボランティアなどいろいろあるが、青年海外協力隊というプログラムはとても充実したシステムだと思う。

それに国際協力の経験が全くない人でも協力隊を経験すれば、ある程度は経験者として扱ってもらえるので、国際協力の世界への道も見えてくる。

ただし、日本国内で就職活動するときにはイマイチかもしれないが……(ぼくは帰国後の就活で書類審査で落とされ、面接すらしてもらえなかった)

 

5.協力隊が一番楽しい想い出でいいの? もっと面白いことをしようよ

ペモン族の子供と民族衣装ふんどしで記念撮影

日本へ帰国して一年も経つと同期や先輩OBOGの口から「協力隊時代は楽しかったなぁ」、「また協力隊に戻りたいなぁ」という声が聞こえてくる。

「青年海外協力隊が人生で一番楽しい時間だった。今は……」という人もいるくらい(※協力隊の思い出は美化される)。

いい意味で受け止めればそれだけ充実した派遣期間だったのだろうけど、悪く考えれると帰国後の生活や仕事がうまくいっていないように聞こえるよね?

協力隊時代の活動に打ち込んだり、途上国生活を楽しむことは大切だが、派遣期間終了後の人生も大切だ。

2年間の青年海外協力隊で人生が一度リセットされるので、帰国後は人生の再スタートだ。

例えば、ぼくは新卒隊員だったので社会人経験ゼロだけど、協力隊終了後に自分でビジネスを始めている。

世界中を飛び回りながらビジネス支援や国際協力ができて、超楽しいよ。

あなたも協力隊に参加する前にしていたこととは全然違うことに挑戦してもいいんじゃない!?

とにかく協力隊の2年間が人生で一番楽しい思い出、というのはやめよう!

協力隊よりももっと面白いことをしよう。

 

 

 

まとめ

今回は、青年海外協力隊の任期が終了して一年経ったボクが帰国直後のOBOGに伝えたい5つのことを紹介した。

1.あなたのボランティア体験談を聞きたい人は少ない

2.帰国後は浦島太郎気分になって辛い

3.帰国後の進路を決めるのはあなた自身

4.JICAと青年海外協力隊は凄い

5.協力隊が一番楽しい想い出でいいの? もっと面白いことをしようよ

帰国直後の平成26年度一次隊のみなさんには参考にしてもらいたい。

活動お疲れ様でした~!

 

協力隊から帰国後の関連記事

青年海外協力隊が帰国後再就職を成功させる方法!転職漫画エンゼルバンクを読んで転職サイトに登録しよう

日本の○○で発作が起きた!青年海外協力隊・海外フリーランスで体験した一時帰国あるある5選

JICA駒ヶ根訓練所で青年海外協力隊の帰国報告を行ったら心の整理ができたけど勝手にダメ出しされた……

企業向けJICAボランティア帰国報告会&交流会では、帰国隊員が就活生に変わってしまった

JICAの進路開拓者向け帰国後研修に参加したら期待以上に楽しかったので、青年海外協力隊OBは絶対に参加しよう!

合わせて読むと役立つ関連コンテンツ


海外移住する10個の方法!英語が話せない仕事がない人でも外国に住む裏技

海外移住する10個の方法

「青年海外協力隊」カテゴリの人気記事ランキング

Amazonがお得な期間限定セール中!


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
最後までお読み頂き、ありがとうございます。ぜひSNSでシェアしてください!

この記事が気に入ったら
いいね!をお願いします

いいね、ありがとうございます。

フォロワー7,500人のTwitterを見てください→

宮﨑大輔の紹介

一眼レフカメラを握る宮﨑大輔

宮﨑大輔 Daisuke Miyazaki

【職業】

■農業コンサルタント

■フォトグラファー

→ 詳しいプロフィールはこちら

→ 青年海外協力隊になりたいあなたへ

→ 人生で報われた決断ベスト10

→ 2016年に書いたベスト15記事

【最近始めたサービス】

出張撮影fotowa

■ note有料マガジン Freelance Diary

VALU

【農業経歴】

1988年 長野県飯田市のリンゴ農家に生まれる

2011年 信州大学在学中に、実家のリンゴジュースを東京のマルシェやネットで販売する

2013年 信州大学大学院で農学修士号取得

2013〜2015年 青年海外協力隊として中米パナマ共和国で2年間農業ビジネス支援

2015年〜 農業コンサルタントとして日本、アジア、アフリカで、苺ビジネスのコンサルティング中

・テレビ出演(TBSあさチャン
・週刊誌監修(女性セブン
・書籍の監修多数

【フォトグラファー経歴】

2013〜2015年 中央アメリカで写真撮影を始める

2015〜2017年 世界20カ国を旅しながら風景写真を撮影

2017年〜 日本で人物撮影、企業撮影、イベント撮影を行う

【お問い合わせ先】

農業コンサルタントの依頼

ライター執筆&寄稿

写真の撮影依頼&写真の利用

撮影モデル募集

ブログのコンサル

PR記事の作成

  同じカテゴリの記事